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岩関神社祭典

岩関神社のお祭り当日です。
午前中は天気に恵まれ、たくさんの人達が歩行者天国に訪れました。


わっしょいわっしょいと
元気な声を上げながら神輿の車をひく子ども達。


少々時間をおいて、本物がやってきました。
岩関神社の神様を先頭に、




威勢のいい掛け声と共に神輿が続きます。



すぽっとの前で小休止。


担ぎ手の皆さん、お疲れさまでした!

ところで岩関神社に祀られている神様は
梅津政景(うめづ まさかげ)という戦国~江戸初期の武将だそうで、どういう人物なのか簡単に調べてみました。

≪梅津政景(うめづ まさかげ)≫
安土桃山から江戸初期にかけての武将。佐竹義宣の茶坊主として近侍し、佐竹氏が出羽秋田に移封されてからは兄とともに勘定奉行や銀山奉行として活躍。久保田藩(秋田藩)の創設に尽力した。寛永年期に入ると家老に昇進し、兄 憲忠や小場宣忠と共に藩政を取り仕切った。

≪二ツ井町との関わり≫
政景が知行地として与えられた比井野村(現在の能代市二ツ井町)は、至近を流れる米代川に対し高台にあるため水利が悪く、江戸時代の初めは戸数も15~16戸の寒村であった。そこで政景は隣の藤琴村矢坂の藤琴川から延々用水路を引き、新田を拓いた。用水路が容易につくれない山岳部は、岩をくりぬきトンネルを掘って繋いだ。これが岩堰用水路であり、現在も使われている。新田ができたため比井野村は人口が増え石数も飛躍的に伸びた。政景は大明神として岩堰神社に祀られ、現在でも盛大なお祭りが行われている。
(wikiより引用・一部改変)

すごい人でした。びっくりしました。(あたり前か。神様として祀られるくらいですし)
二ツ井町の創立者。パイオニアです。
そして東洋一の大銀山とうたわれた「院内銀山」の
礎を築きあげた人物でもあると考えれば、
感じるすごさも一入です。(藩がテコ入れするまで、銀山はならず者が跋扈し犯罪が横行する無法地帯だったそうです)

どんな神様のお祭りなのか知るのも、
お祭りの楽しみ方の一つですね。
二ツ井成立の立役者とその功績を、
祭りで残して忘れないようにする。
素晴しい行事だと思います。


午後に強風と雨に見舞われなければ、完璧だったのですが…。
でもハレの時間もあったのでここ数年の中ではいい日和だったと思います。
来年こそは終日晴れますように!
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